公選法改正は進まない
お金と政治改革、久しく言われてますが、なんかすっきりしませんね。大体、大正15年の当時の政界腐敗を嘆いた後藤新平の政治倫理を要す運動の精神は、今でもぴったり当てはまるのが何とも言えません。今回の兵庫県知事選の一連のPR会社社長騒動も、もちろん、本人の”自慢話暴露”が真実とすれば公選法違反なのですが、そもそも公選法が一般的に非常にわかりにくい、というのが実情です。立花氏の2馬力問題も、とてもフェアな闘い方とは思えませんが、違反ではなく公選法の盲点を突いた、ある意味強烈な公選法盲点の指摘だとも言えます。評論家的に問題点を指摘するのは簡単ですが、そうした行為が、違反と決めつけにくい側面が多々あることも否めません。先の都知事選の選挙ポスター掲示板の転売もそうでした。誰も(少なくとも立法した関係者)はこんな事象は、想像さえしていなかったでしょう。私はネット解禁の際、国会で参考人として出席しましたが、そもそもネット・SNSが、文書図画にあたるなんて、おそらく若い方々には理解不能に近い言葉だと思います。憲法に限らず、時代にそぐわない、マッチしないものは、ぜひ現代の国民目線で検証し、後世に伝えうる公選法に改正してほしいものです。